第1回「東京駅、100年の歴史」
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2007年12月4日 |
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「東京駅」誕生!
東京駅って、なんだか重厚な雰囲気があると思いませんか?
それも当然、100年近くの歴史のある駅なんです。ここからは、そんな東京駅の歴史を振り返ってみたいと思います!
まず、東京駅のある「丸の内」という地名は、「お城の中」という意味です。そう、東京駅は江戸城の内側の跡地に建てられたんですね。
1896年(明治28年)の帝国議会で中央停車場(東京駅と決まるまでの呼び名です)の建設が決まり、周辺に建っていた建物は取り壊されました。そして、ドイツ人技師のバルツァーとルムシュッテルなどの外国人の知識を取り入れ、建設が始まります。
当初、ドイツ人の技師は、日本風と西洋風をアレンジした和洋折衷式の駅舎を建てようと言っていましたが、その後を引き継いだ日本の建築家辰野金吾は、西洋式の華麗な建物に仕上げました。
完成した駅舎は二つの巨大なドームを持つ、かなりのスケールのものでした! それもそのハズ、その頃、ちょうど日露戦争で勝利したこともあって、最初の予算の「7倍」ものお金がかけられたのです。日本全国に向けてだけではなく世界中に向けた日本の玄関口として、立派な駅がこうして完成し、1914年(大正3年)に晴れて開業しました。
当時の東京駅
でも、知っていましたか?
最初は今のような「東京駅」って駅名にならないかもしれなかったんです。もう一つ、強力なライバル候補の駅名がありました。
それは、「中央駅」です。当時、日本はヨーロッパの国々を参考にすることが多くありましたが、外国では首都を代表する駅には「中央駅」という駅名をつけていたんですね。ですから、それに習って「中央駅」にしよう、という意見も強くあったようです。
もしかしたら、「中央駅から中央線に乗って、吉祥寺の中央口で待ってるね!」とか、ややこしい話にもなっていたかもしれませんね。
歴史の荒波を乗り越えてきた「東京駅」
こうして、巨大ターミナル「東京駅」の乗降客数も順調に増えていきましたが、ここで二つの大きな試練が待ち受けていました。
一つ目は関東大震災、そして二つ目は第二次世界大戦です。
一つ目の震災では、東京駅はもちこたえました!
震災全体では、あれだけの大被害を出したのに、東京駅は倒壊せず、死傷者はでませんでした。これも、しっかりした設計と、妥協のない工事があったからではないでしょうか。
でも、二つ目の試練、戦争では大きな被害を受けてしまいました…。
空襲で爆弾を受けて、美しかった丸の内駅舎のドームと3階部分が焼け落ちてしまったんですね。このときに3階建てだったものが、現在の2階建てに、また、東京駅のシンボルでもあった丸屋根ドームは八角屋根となり、元と同じ姿にはなりませんでした…。(でも、現在は創建当初の駅舎に復原する工事が始まっているんです!)
震災時の東京駅
そして戦争も終わり、高度経済成長の時代を迎えて、日本も明るくなってきます。
ここで元気を取り戻した日本を世界中の人たちにアピールできる大イベントがやってきました!
それは、「東京オリンピック」です。
世界各国からたくさんの人たちが集まるオリンピックの前に、日本では夢の超特急「東海道新幹線」を東京〜新大阪間に開通させようとします。建設工事が完成したのは、1964年(昭和39年)の7月。新幹線開業が10月ですから、開業までわずか3ヶ月前に完成しました。当時の関係者の方々の努力は大変なものだったろうと思います。
新幹線開業の様子
こうして、東京駅は、たくさんの歴史の荒波を乗り越え、いまも歴史を積み重ねています。
だから、重厚な感じがするのかもしれませんね。
「歴史を感じられるのに、新しい」
そういう駅ではないでしょうか?
こんな東京駅について、なんだかもっともっと知りたくありませんか?
来週からは東京駅のそんな魅力を大解剖したいと思います! ぜひお楽しみに!
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